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2006年10月15日(日) 大阪狭山市祭礼

例年、十月祭礼と日程が重なるが、今年は第3土日となったので、見に行くことが出来ました。

大阪狭山市は、岸和田方面からだと、泉北1号線沿いをひたすら進み、泉ケ丘を過ぎた辺りで、ループ状の道へ入り、道なりに進むと岩室周辺に到着します。
泉北道路は、信号も少なく、狭山までは割と短時間で行くことも出来ます。その後、周辺の310号線を使って、371号線へも接続しているので橋本へ行くことも可能です。

パレードの始まる時間も12時と早い時間帯に始まるので、他地区へ見に行く際も時間割りを併せやすいかも。


今回見に行ったのは、「大阪狭山市地車連合会パレード」

参加町は、今熊・茱萸木北・茱萸木南・池之原・川向・狭山・山伏・東村・大野・隠・山本の11台です。

*ちなみに、茱萸木は「くみのき」と読みます。植物に茱萸(ぐみ)がありますが、地名では濁らず「くみ」と読みます。
*隠・山本は陶器地区の地車

今熊 地車観察


今熊を見た後、11時37分、三都神社へ到着。各町宮入後の休憩中でした。

  

手前が、「隠」。後ろ左が、「山本」。右が「山伏」です。

  

祭礼2日目、今熊の地元、「三都神社」には、今熊(宮本)・隠・山本・山伏・大野の5台の地車が宮入します。
6台一斉の宮入するのではなく、祭礼1日目の午前中:今熊、午後:大野。2日目の正午:隠・山本・山伏。


11時53分、今熊が出発。

  

出発後、1発目のやりまわし。「おわり坂」の交差点に向かいます。

  

「おわり坂」の交差点に着くと、太鼓が入り混じり、観客も沢山いたので、すごく賑やかでした。
集合地点からの出発順番は、池之原?・東村?・川向・茱萸木北・茱萸木南・今熊・大野・隠・山本・山伏・狭山。

  

今熊は、一旦脇道に入り待機。私が着いた時には、川向が岩室東交差点(泉北中央線)方面へ向かって行きました。

  

左は大野。

  

左は、茱萸木北。

  

右は、茱萸木南

  

12時21分。今熊が出発(やりまわし)。大野は帝塚山学院方面へ

  

その後、三都神社方面から、隠・山本・山伏の3台が来ました。隠は、曲がる際、拡声器で「ソーりゃー」言うてました。鳴物も岸和田風。

  

そして、最後の狭山が来ました。12時40分

  

泉北中央線の片側一車線を通行止めにし、岩室交差点へ。その後、交差点を右折。細い脇道へ入って行きます。

  

今熊だけは、総合体育館手前の林道へ曲がって行きました。その後、駐車場でUターンして、来た道を戻る様です。他の地車は道なりに直進。

  

池之原の地車庫近くの交差点で、池之原の地車が、茱萸木北・茱萸木南の地車を出迎えていました。

  

川向、隠の地車は揃って休憩中。13時25分。

  

  

この坂を下ると、池之原の地車庫があります。今熊が曲がったのはこの手前。
今年は、市制10周年なのでしょう。この4町は、夜間曳行の時に集まっているのかな?

  

今熊は、来た道を戻っていました(探すのにちょっと迷ったかな)。山本本部?近くで、やりまわしをする直前でした。13時38分

  

その後、町方面へ向かいます。その後、岩室交差点を直進。今熊町内へ入って行きました。13時57分。

初めて見に行きましたが、このパレードで、総合体育館にて11台並べて留め置くことはなく、パレードの道中で各町散って行きましたので、
参加町すべての地車を一度に見たいなら、集合地点の「おわり坂」で見学すると全部見れるかと思います。
私は今回先頭の2町は見れませんでした。

この後、私は橋本へ

このパレードは、祭礼2日目にあり、日中地車が最も地車集合するイベント。他は祭礼1日目の夜間曳行で集合します(神無月パレード)。


晩、再び、今熊へ行きました。20時半頃到着、上今熊にて休憩しているところでした。しばらくしてから出発、坂を下って行きました。

       

 

     

今熊の皆さん、お疲れ様でした。

私は、今熊のみ見て帰宅。

小さなお子さんは、はしゃいでいましたね。この地区の子どもさんは、岸和田とはチト違う言葉(フレーズ)を覚えてました。

岸和田では、小さな子は、よく「ソリャー」と何気なくこの言葉を覚え、口ずさむ時がありますが、
ココでは、あるお子さんが、「そら、よいよいよい」と言って、するとお母さんが「そら、今熊じゃい」と言葉を軽く合わして、何度もこのフレーズを繰り返してました。

実際、今熊はこういう掛け声は、しないと思いますが、それぞれの地域にあった、お子さんの慣習があるようで何よりです。これこそ祭りを将来に繋ぐ英才教育かな。


    

来年からの参考になりそう。

 ちなみに、周辺地区の地名には、現在の住所には無い地名があります。
   「大阪府全誌」よると往古は
        山本の字として、「山伏」
        半田の字として、「下屋敷」・「東村」・「川向」 
        今熊の字として、「上今熊」
        岩室の字として、「池之原」 
                   などがありました。現在と一致する地名がありますね。

 *今熊には、今熊公民館と上今熊公民館がありますが、地車庫はあるのは、今熊公民館。